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大阪高等裁判所 昭和30年(て)648号 決定

主文

申立人を被告人として昭和三十年七月二十二日当裁判所第四刑事部が言い渡し同年八月六日確定した当裁判所昭和三十年(う)第九七一号詐欺被告事件の執行については、その控訴申立後の未決勾留日数を判示第五の(二)の事実についての懲役六月の刑に法定通算した残余は、これを判示第五の(一)の事実についての懲役一年の刑に通算しなければならない。

理由

本件異議申立の理由の要点は、主文掲記の判示第五の(一)の事実についての懲役一年の刑に未決勾留日数の法定通算をしないで、検察官が刑の執行を指揮したことは不当であるというのであるが、事案の経緯を本件詐欺被告事件の記録並びに当裁判所の照会に対し、大阪高等検察庁からなされた刑の執行指揮についての回答に基いて摘記すると次のとおりである。

一、申立人は昭和二十九年二月二十六日、(イ)昭和二十八年六月三十日頃和田政弘を欺罔して同人から扇風器二台を騙取し、(ロ)同年九月三日頃東洋産業株式会社の監査役天野大三郎を欺罔して同人から、ミシン一台を騙取したこの二つの詐欺事実(以下これらをA事件と称する)について起訴せられ、

二、昭和二十九年五月二十八日、昭和二十八年十二月二十七日頃から昭和二十九年二月七日頃までの間前後二十九回に亘つて太治満寿子外二十八名を欺罔して手提鞄十個外百五点を騙取したとの詐欺事実(以下これらをB事件と称する)について起訴せられ、

三、それらを受理した大阪地方裁判所は、右A、B両事件を併合審理して昭和二十九年六月二十九日その公訴事実を全部有罪と認め、それらを併合罪の関係にあるものとして申立人に対し、懲役一年六月、未決勾留日数中百日を本刑に算入するとの一個の刑を言い渡した。

四、右判決に対して申立人から控訴を申立てたところ、当裁判所第四刑事部が右控訴事件を審理した結果、昭和三十年七月二十二日に至つて、判決がなされ、それによると、申立人には右A事件とB事件との中間である昭和二十八年十月十日に確定した大阪地方裁判所言渡の有価証券偽造、同行使、詐欺罪による懲役一年六月(三年間執行猶予)の判決があるから、A、Bそれぞれに各別の刑を言い渡すべきであるとして、原判決を破棄し、A事件については懲役六月、B事件については懲役一年という各別の刑を言い渡し、未決勾留については、原審における分のうち百日のみをA事件の本刑に算入するとのことが主文に掲げられたのである。

五、そして、申立人は昭和二十九年二月十二日発付、同日執行の勾留状によつて未決勾留を受け、逐次その期間を更新する決定によつて判決確定に至るまで勾留せられていたものであるところ、勾留状は当初の勾留状一本であつて、それには詐欺被告事件のためと表示せられ、その詐欺事件の内容としては、前記A事件中の(ロ)の詐欺事実のみが掲げられているのである。

六、ところで、申立人の刑の執行について検察官は、A事件即ち懲役六月に処せられた分には、未決勾留裁定通算百日、法定通算四百三日があるから執行すべき残刑期なしとしてその刑の執行不能を決定し、B事件即ち懲役一年に処せられた分には未決勾留の通算が全くないものとしてその本刑の全執行を指揮している。

そこで、本件異議申立の当否について判断することにすると、それは、帰するところ、右様の事態においては検察官の執行指揮のように、B事件については当初から勾留状が発せられておらず、従つて未決勾留通算ということが全然考慮せられる余地がないものと断定するのが正しいかどうかの問題である。そもそも、未決勾留の日数が本刑に算入せられるには、原則としてその未決勾留がその本刑の科せられた罪について発せられた勾留状に基くものでなければならないことは勿論である。そしてその本刑の科せられた罪が単一である場合には、右の言い渡された本刑と未決勾留日数通算との関係は極めて単純明白であるが、その本刑の科せられた罪が複数であつて、勾留状の発せられた罪のほかになお多数の余罪があり、しかもそれらは併合罪として一個の刑をもつて処断されるというような場合には、両者の関係はやや複雑となる。何故ならその本刑を科せられた罪の中には、それに対して勾留状が発せられていないものも含まれているからである。しかし、裁判の実務としては、かかる場合、余罪をも含めて言い渡された一個の本刑に不可分的に未決勾留日数を通算している。これは、同一手続で審判せられる併合罪の一部によつて既に勾留せられているときは、他の罪によつて重ねて勾留することは実務上稀であつて、その勾留は、両罪についての審判のための勾留として事実上取り扱われているのが通常であるからである。この点は、厳格な意味では併合罪の干係にない、本件のような関連事件の取扱についても、実質的には何等の差異もない。このような見解は、刑事補償法三条二号の解釈についても採られているところである。判例(大判大九、三、一八刑録二六輯一九五頁)によると、「第一起訴事実ハ無罪第二起訴事実ハ有罪ト為リ無罪ノ点ハ確定シタルトキハ第一起訴事実ハ第二起訴事実ト全然干係ナキニ至レルヲ以テ第一起訴事実ニ於ケル未決勾留日数ハ第二起訴事実の本刑ニ算入スルコトヲ得サルモノトス」(要旨)とあるが、両罪が同時に審判せられる本件の場合に適切な判例でない。

未決勾留は被告事件の審理上止むをえず行うのであるが、勾留せられた被告人の受ける苦痛は自由刑の執行に匹敵するものであるから、被告人の責に帰し難いような未決勾留日数は、これを刑の執行の一部とみなすのが衝平の観念に合致するというのが、未決勾留日数算入の制度の精神であるこというまでもない。本問の場合においても、その事件処理の実際的見地に立つて事案の具体的関係を検討して、控訴申立後の未決勾留の長びいた原因がどこにあつたかを考えてみるに、本件においては、勾留状はA事件の(ロ)の詐欺罪についてのみ発せられており、一審においては、それを余罪三十件と併合審理し、それらを併合罪として一個の刑、懲役一年六月を言い渡したのであるが、勾留状の出ているA事件の(ロ)の詐欺が、被告人の自白しているミシン一台の騙取という簡単なものであるのに対して、勾留状の出ていない余罪は三十件に及ぶ複雑なものであること、また、控訴申立後の未決勾留日数の大部分が記録送付のために要していることが認められ、従つて、成程追起訴にかかるB事件については形式上勾留状は発せられていないにしても、現実には、先起訴にかかるA事件の勾留状の効力がB事件にも及んでいたと認めるのが訴訟手続の真相に合致する(刑訴規則一八条の二参照)。

そしてまた、別の面からいつても、一の事件の勾留の効力を他の事件の審理の便宜に利用しながら、刑の執行についてはその事実を無視して顧みないことも、衡平の観念に反することである。

以上説明のとおりであるから、本件の控訴申立後の未決勾留日数は、同時に言い渡されたB事件の刑即ち懲役一年に対しても、刑訴法四九五条二項二号によつて当然に法定通算せられるべきであると解するのが正当である。(なお、本件申立については代理は許されないとの大判昭一四・七・五刑集一八巻三八二頁の判例があるけれども、最判昭二四・四・六刑集三巻四九頁の判例の趣旨によつて、特に委任を受けた弁護士の代理は適法であると解する。)

よつて、刑訴法五〇二条に従つて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 網田覚一 小泉敏次)

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